2007年12月5日、ニューヨーク州都オルバニーの州庁舎で開かれた記者会見:右から、ランドール・パリッシュ教授、ジョー・リトーさん(パリッシュ教授の後ろ)、ジョン・アーナソン教授、トーマス・ドネリーさん、トニー・シアルフェロさん、デイヴィッド・カーペンター教授
被曝後20年以上経過した労働者からDU検出
—除染作業後も、近隣住宅からDUのチリ—
12月5日、ニューヨーク州都オルバニーで記者会見と集会
2007年12月9日
12月5日(水)には、国連総会で、「劣化ウラン兵器使用の影響に関する決議」が圧倒的多数の賛成で採択されたが、奇しくも、同じ日、ニューヨーク州のオルバニーでは、1982年に操業をやめた劣化ウラン兵器製造工場の周辺で今も続く劣化ウラン汚染に関する調査結果が記者会見で発表された。今回の調査を行った科学者チームが調査結果の要点について説明をした後、今回の検査で陽性結果が出た元従業員など4名の被害者が、劣化ウラン被曝を知った困惑、憤りを訴えた。(なお、一人からは、劣化ウランではなく、濃縮ウランが検出。)記者会見室は、マスコミ、被害者、支援グループの人たちなど、およそ30人の人で一杯となった。今のところ、全国レベルでの報道はほとんど出てきていないようだが、今回の調査結果の深刻な意味が理解されるに従い、反響が広がっていくだろうと思われる。
また、午後6時半からは、工場があった地域の中学校で集会が開かれ、元従業員、周辺住民、支援グループの人々など、100名程が集まった。記者会見と同様、科学者グループからの説明、4名の被害者からの発言があった後、質疑応答がもたれたが、内部被曝のメカニズム、地域住民の被害調査に向けた取り組み、まだ残っていることが明らかとなった劣化ウランのほこりをどう除去したらよいのか、等々について、真剣な質問が次から次に出され、この問題への強い関心と憂慮がひしひし伝わってきた。
オルバニーは、ニューヨークの北約200キロのところに位置する、ニューヨーク州の州都だが、その近郊で、「ナショナル鉛産業会社」が、60年代後半より劣化ウランを含む30ミリ砲弾および飛行機のバランサー(平衡錘)などを製造していた。劣化ウランの微粒子が、40キロ以上離れた地点の空気フィルターから見つかったことが引き金となり、1982年2月、ニューヨーク州裁判所からの命令で操業停止となった。しかし、20年以上経っても、元従業員や周辺住民の間では、がんなど様々な健康障害が絶えず、劣化ウラン被曝が問題とされてきた。今回の検査結果は、アメリカ国内における劣化ウラン被曝の実態に光りをあてる画期的なものと言えよう。
嘉指信雄
NO DU ヒロシマ・プロジェクト代表
ICBUW(ウラン兵器禁止を求める国際連合)運営委員
[追記: 12/15]
オルバニーは、ニューヨークの北約200キロのところに位置する、ニューヨーク州の州都ですが、その隣町のコロニーで、「ナショナル鉛産業会社」の工場が1958年から操業を開始し、劣化ウランを含む30ミリ砲弾および飛行機のバランサー(平衡錘)などを製造していました。しかし、大気中へのウランの違法放出が判明し、1982年2月、ニューヨーク州裁判所から操業停止命令を受け、1984年には完全に閉鎖されました。しかし、20年以上経っても、元従業員や周辺住民の間では、がんなど様々な健康障害が絶えず、劣化ウラン被曝が問題とされてきていました。今回の尿検査の結果により、検査を受けた人の内かなりの割合の人が劣化ウランに被曝していることが明らかになるとともに、周辺の住宅のチリが除染基準を上回る劣化ウランをいまだに含んでいることが判明しました。
今回の検査は、イギリスのランドール・パリッシュ教授と地元のオルバニー大学の科学者たちの協力で実現した試験的なもので、23名が検査対象となっています。そのうち元労働者は5名で、5名全員が劣化ウラン陽性と判明し、周辺に5年以上住んでいた住民18名のうち4名も劣化ウランに被曝していることが判明しました。また今回の報告書は、工場が操業していた1958年から1982年までの間に、少なくとも5トンの劣化ウラン・エアロゾル(煙霧状微粒子)が、10平方キロメートルを越える周辺の住宅・商業地域に放出されたものと推定しています。アメリカ国内における劣化ウラン被曝の実態に光をあてる画期的なものと言えます。研究チームは、地元の市民グループと協力して、さらなる検査を計画しているようです。
今回の記者会見は、科学ジャーナル「Science of Total Environment」(2007)への、パリッシュ教授らの掲載論文「Depleted Uranium Contamination by Inhalation Exposure and its Detection after 20 Years: Implications for Human Health Assessment」に基づくものです。
ニューヨーク州都オルバニーでの集会の詳細記事はこちらをご覧下さい。
劣化ウランによる内部被曝が明らかとなった住民や元従業員の発言
マイク・エイデイラさん
私は、検査の結果、濃縮ウランが検出されました。1958年から1980年まで22年間、「ナショナル鉛」に勤めました。工場が始まった時、きれいなものでした。しかし、年を経るにしたがい、工場はどんどん汚くなっていき、ついには、工場が気にかけるのはお金儲けだけで、安全かどうか、清潔かどうかなどには全く顧慮しなくなりました。同時に、政府も、「ナショナル鉛」が何をしているか監督していませんでした。「ナショナル鉛」は、濃縮ウランや劣化ウランを用いて、[兵器用]貫通体、飛行機用平衡錘、原子炉用遮蔽材を製造していました。沢山の仲間が若くして死んでいきました。工場がその原因なのか、決して分からないのだろうと感じています。
トーマス・ドネリーさん(56才)
私は、検査の結果、劣化ウランが検出された一人です。私は、34年間、「ナショナル鉛」のすぐ横で仕事をしていました。しばしば、仕事で、「ナショナル鉛」の工場の中に入ることがありました。朝、仕事場に着くと、「ナショナル鉛」の煙突から、もうもうとした黒い煙が大気中に吐き出されていました。私は、工場がウランを使っているとか、そこでされている仕事が私や他の人たちに有害なものだとか、全く思ってもみませんでした。私が働いていた場所には、「除染」基準を何倍も上回る劣化ウランのチリがつもっていることが確認されました。
残りの人生の間ずっと、劣化ウランを私の体の中に持ったまま生きることになります。劣化ウランが、私の自己免疫障害の原因です。そのため、私の人生は台無しになってしまいました。次に何が起きるのか分かりません。
今回の調査結果によって、私たちは劣化ウランに被曝していることが明らかになりました。陸軍技術者部隊によって、この地域の汚染されたチリが取り除かれ、開始された除染作業が最後まで徹底的に行われることを望みます。
ジョー・リトーさん(43才)
私は、劣化検査の結果、陽性となりました。私は、1964年から2005年までの間、40年以上にわたって、「ナショナル鉛」の隣に住んでいました。子どもの頃は毎日、「ナショナル鉛」の近くの線路の上で自転車に乗ったり、自分の家の横の流れで遊んだものでした。何年も後になってから、私たちは、「ナショナル鉛」が放射性の廃棄物をその中に捨てていたことを発見しました。私は、工場がウランを使っているとか、吸い込んでいた空気が汚染されていて、自分や家族に害を及ぼしえるといったことは思ってもいませんでした。尿検査の結果、今、私の体の中には、毒性のある放射性の物質が入っていることが分かりました。私の健康がどうなるのか、私は恐れています。地域住民の健康調査がされる必要があります。
私の家の屋根裏部屋や地下室には、除染基準を超える量の汚染されたチリがあることが分かりました。陸軍の部隊は、数ヶ月前に、街を去って行きましたが、戻ってきて、汚染されたチリを取り除く必要があります。
トニー・シアルフェロさん(57才)
私は、検査の結果、劣化ウランが検出されました。私は、「ナショナル鉛」の隣に25年間住んでいました。工場の裏側にはフェンスがなく、私たちは、野球をしたり、「ナショナル鉛」の敷地内を流れていた流れの近くで過ごしたものでした。魚釣りさえしたものでした。今、私の胸には、一インチ(約2.5センチ)程もある、奇妙なこぶがいくつかあります。こうしたこぶが何なのか誰にも分からないようです。私は、脳の中には動脈瘤があります。いつも疲れきっていますし、長年、足の骨の奥深くにひどい痛みを感じています。心臓の状態も大変悪いです。
劣化ウランが私の中に見つかって、大変動揺しています。私は、始終、劣化ウランが自分の身にどんな影響を及ぼしているのか、「ナショナル鉛」による汚染がこうした健康障害を引き起こしたのかと考えています。私は、ただちに、地域住民と労働者について健康調査がされるべきだと思います。
[以下、英語原文]
Statements of Residents and Workers Positively Tested for Depleted Uranium Internal Contamination
Mr. Mike Aidala: Hello, I am Mike Aidala. I am the worker that tested positive for enriched uranium. I worked at NL for 22 years from 1958 to 1980. When it started, the place was spotless. But over the years, it got dirtier and dirtier to the point where all they cared about was making money and they didn't give a damn if it was safe or clean. At the same time, the government was not watching what NL was doing. NL used enriched and depleted uranium to manufacture penetrators, aircraft counterweights and shielding for nuclear reactors. A lot of my co-workers died young. Whether the plant was the reason, I guess I'll never know.
Mr. Thomas Donnelly: Hello, I am Thomas Donnelly. I am one of the individuals that tested positive for depleted uranium. I worked next door to NL Industries for 34 years. At times, I would go into the NL plant as part of my job. In the morning, when I’d arrive at work, the chimney at NL would be emitting a thick black smoke into the atmosphere. I had no idea that the plant was using uranium or that the work being done there was harmful to myself or others. The site where I worked has been found to have DU dust particles exceeding, by many times, that which is allowed according to clean up levels. I will have DU in my body the rest of my life. The DU is the cause of the auto-immune disorders I have. The effect on my life has been devastating, and I do not know what will happen next. The results of the study show that we were exposed, and now a health study needs to be done. I hope that the polluted dust in the area will be cleaned up by the Army Corps of Engineers, to complete the cleanup process which was already started.
Mr. Joe Lito: Hello, I am Joe Lito. I tested positive for depleted uranium. I lived next door to NL Industries for over 40 years from 1964 to 2005. When I was a kid, I rode my bike on the tracks near NL every day and I played in the stream next to my house. Years later we discovered NL dumped their radioactive waste in it. I had no idea that the plant was using uranium or that the polluted air I breathed in could be harmful to myself and my family. The urine tests found that I have a toxic and radioactive chemical in my body now. I am scared about what this could do to my health. A health study of the community needs to be done now. My home was found to have polluted dust in the attic and basement above the cleanup standards. The Army Corps left town a few months ago, but they need to come back and clean up the polluted dust.
Mr. Tony Ciarfell: Hello, I am Tony Ciarfello and I tested positive for depleted uranium. I lived next door to NL for 25 years. There was no fence at the back of the plant and we used to play baseball and hang out by the stream that ran through NL's property. We even used to fish in it. Now, I have strange lumps on my chest that protrude about an inch. None seems to know what they are. I have had a brain aneurysm. I am constantly fatigued and for years I've had terrible pains deep inside my leg bones. And I have a serious heart condition. I very upset knowing that depleted uranium was found in me. And I am constantly wondering what its doing to me and whether NL pollution caused my health problems. I think that the community and workers should have a health study done now.
地図を使って汚染地域を示すパリッシュ教授
デイヴィッド・カーペンター教授、ジョン・アーナソン教授、トニー・シアルフェロさん
被害者のマイク・エイデイラさん:22年間、「ナショナル鉛」に勤務
被害者のトーマス・ドネリーさん:34年間、「ナショナル鉛」の隣で仕事をした。
ジョー・リトーさん:40年以上にわたって、「ナショナル鉛」の隣に住んでいた。
トニー・シアルフェロさん:「ナショナル鉛」の隣に25年間住んでいた。
「ナショナル鉛産業」があったセントラル大通り1130番地の敷地。
一応、汚染土壌を取り除く作業の終わった「ナショナル鉛産業」跡地。「米国所有地。立ち入り禁止」のサインがつけられているが、すぐ横には、ごく普通のレストランが営業している。
夜の「ナショナル鉛産業」跡地周辺。セントラル大通り沿いには、レストラン、商店、民家などが並んでいる。
2007年12月5日の夜、「ナショナル鉛」があったコロニー地域の中学校で開かれた集会。右から、ランドール・パリッシュ教授、ジョン・アーナソン教授、デイヴィッド・カーペンター教授、ジョー・リトーさん、トニー・シアルフェロさん、トーマス・ドネリーさん
2007年12月5日の夜、地域の中学校で開かれた集会。被害を憂慮する元従業員、地域住民、支援グループの人々など、約100人が集まった。
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