| デニス・カイン(湾岸戦争帰還兵・DU活動家)5月に来日 |
| 2007/11/14 JST | |
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皆様 湾岸戦争帰還兵のデニス・カインさんが、来年5月前半、来日する予定とのことです。 カインさんは、昨年夏のICBUW(ウラン兵器禁止を求める国際連合)広島大会でも、「ウラン兵器は国家の病の表れ—湾岸戦争帰還兵としての経験から」のタイトルで大変貴重な報告をしてくださいました。 カインさんは、再び来日し、できるだけ多くの集会で自らの経験を伝え、劣化ウラン兵器禁止を訴えたいと伝えてきています。ご関心のある方は、カインさんにメールにてご連絡ください。 dennis kyne < このメールアドレスはスパムボットから保護されています。観覧するにはJavaScriptを有効にして下さい > ご参考までに、デニス・カインさんのプロフィール、および、近刊の「ICBUW広島大会記録集(仮題)」から、カインさんの報告の一部をご紹介させていただきます。 それでは、宜しくお願いいたします。
草々 嘉指(かざし)信雄
デニス・カイン (Dennis Kyne): 「ウラン兵器は国家の病の表れ—湾岸戦争帰還兵としての経験から」「砂漠の嵐」作戦で起きていたこと
1991年に、米軍は300トン以上のウランをイラク南部およびクウェートに投下した責任があります。 「死のハイウェイ」での被曝
湾岸戦争を指揮した元陸軍大将ノーマン・シュワルツコフも、その著書の中で、第24歩兵師団が最前線に立っていたことを指摘しています。私がいた部隊は、南部イラクで放出された300トン以上のウランの真っ直中を、歩いて侵攻して行ったのです。兵士たちはすぐさま体調を崩しました。100時間に及んだ侵攻の間、我々は電離放射線に曝されていたのだと私は思っています。米軍将校らは、我々の作戦が成功し、勝利を収めたかのように公言しましたが、それは嘘です。クウェートからイラクに撤退してゆく戦車群を壊滅させるために使用されたウランのために、我々は所期の目的を達成できなかったのです。我々はバグダッドに侵攻する命令を受けていましたが、それは達成されませんでした。
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